数学におけるコンパクトとは何か


解析や幾何の専門書を読んでいると必ずと言っていいほど現る「コンパクト」という概念.定義だけ見ても何のことやらさっぱりでイメージも掴めない難しい概念です.コンパクトのイメージとその恩恵や考える動機を考えてみます.

コンパクトは位相空間の一つの性質

まず「コンパクト」という概念は,「位相空間」で定義される性質です.

「位相空間」とは位相が入った集合(数の集まり)のことで, 「位相」とは遠い・近いを測るものさしのようなものです.

例えば,数直線上で点(数)と点(数)の距離を数の差の絶対値とすると,この数直線は位相が入った空間、位相空間となります.
これは「距離空間」という位相空間の一種です.

数直線上の距離

数直線で,絶対値による数の距離を定義すると,図の下段のように,点aと距離が\(\epsilon\)未満の数の集まり,という集合を定義することができます.

この数の集合は「<」の記号が使われており,高校までで数直線の「開区間」という名前がついていました.「\(\leq\)」の場合は,「閉区間」と言っていました.
位相空間では「開区間」をより一般的に「開集合」といいます.

この開集合の中に含まれる点(数)は,含まれない点よりも点aに近いと言うことができます.
このような議論は,点の収束や極限に使われます.

一般的には距離空間における開集合とは,その集合に属するどの点も,自身の周り(近傍)がその集合の中に属する集合のことを言います.

この自身の周り(近傍)を数学的にきちんと定義するために,距離の定義が必要なわけです.

距離空間では,距離から開集合を決めることができ,開集合はある意味,点の近さや収束を議論するために必要となります.

このように,点と点の間の距離を決めると開集合が定義でき,位相空間とは,この開集合が定義された集合のことです.

中学・高校では深く考えずに絶対値による距離(と開集合や開区間)を考えますが,抽象化された数学において,収束を同じように議論するための道具として距離を一般化した位相を考えるという動機が生まれます.

そして,開集合の重要な性質として,次の3つがあります.

1.集合全体と空集合は開集合
2.開集合の任意個(無限個でも)の和集合も開集合
3.開集合の有限個の共通部分も開集合

位相空間では,この開集合の性質を逆に開集合の定義とします.

お前はもう覆われている

さて,この位相空間におけるコンパクトについて述べます.

まずその位相空間を覆うように開集合を持ってきます.
覆い方は任意で,無限個の開集合で覆ってもよいとします.
このとき,無限個の開集合で覆ったとしても,その中からたった有限個の開集合を選択するだけで覆えているときその位相空間をコンパクトといいます.

私が大学のとき,初めてコンパクトを習った時,解析学の教授から言われたのは,
「お前はもう覆われている」でした.

距離空間において,閉区間[a,b]はコンパクトになります.

証明は区間縮小法でできます.

[a,b]を無限個の開集合で覆い,ここから有限個の開被覆を選べないと仮定します.そして区間[a,b]を2分割することを考えます.

分割したどちらか少なくとも一方は無限個の開集合で覆う必要があります.無限個の開被覆が必要な区間をさらに2分割するという操作を同様に続けていくと,区間縮小法より,どこか一点\(\alpha\)に収束します.その収束点\(\alpha\)を含む区間をIとします(Iを開集合で覆うには無限個の開集合が必要).\(\alpha\)を含む一つの開被覆Uをとると,Uは開集合なので,収束点\(\alpha\)の近傍BがUに含まれるようにBが作れます.ここで区間Iは分割するにつれてどんどん小さくなるので,ある有限回数のところでその区間は収束点\(\alpha\)の近傍Bに含まれるようになり,つまり開集合Uに含まれます.よって無限個の開被覆が必要と思われていた区間Iは1この開集合にすっぽり収まってしまうので,矛盾となり結局閉区間[a,b]はコンパクトになります.

これはn次元ユークリッド空間においても成り立ち,ハイネ・ボレルの被覆定理といいます.

ハイネ・ボレルの被覆定理

有界閉集合はコンパクト空間

コンパクトを考えることの恩恵

コンパクトとは位相空間の一つの性質であることは分かりましたが,コンパクトを考えるメリットは何でしょうか.

それは,コンパクトだったら成り立つ性質があったり,証明を簡略化できるからです.

次のような問題を考えてみます.

例題

\(A = [-1,2] \subset \mathbb{R}\)とする.
関数\(f(x)=x^2\)はAで最大値・最小値を持つか?

感覚的に言ってもグラフを描いてみても最大値・最小値を持ちます.

しかし,n次元の関数でもっと複雑な関数だったら,どのように最大値・最小値の有無を調べることができるでしょうか.

ここで考えている定義域がコンパクトであれば,次の定理が成り立ちます.

定理

\(A \subset \mathbb{R}^n\)がコンパクトとする.
\(A\)上の関数\(f:A \longrightarrow \mathbb{R}^m\)が連続ならば,\(f\)は\(A\)で最大値・最小値をもつ.

この定理より,どんな関数に対しても,それが連続であれば,コンパクト空間上で必ず最大値・最小値を持つことが言えます.

個々の関数についてそれぞれ考える必要はなく,コンパクト性があればアプリオリに説明できるようになります.

コンパクトは本質を追求した結果,対象のラベルや証明を見やすくするツールとなるのです.

また,コンパクト性が持つ,「有限個で覆える」という性質も無限の問題を有限個の問題に落とし込んで議論できるというメリットもあります.
コンパクト性とはある種の有限性です.

コンパクトのまとめ

コンパクトとは,位相空間の一つの性質で,ある種の有限性です.無限個の開被覆から有限個を選んで覆える,「お前はもう覆われている」状態がコンパクトです.ユークリッド空間において通常の絶対値による距離を考えた場合は,コンパクトとは有界閉集合のことになり,イメージしやすくなります.有界閉集合の本質を突き詰めるとコンパクトになります.

そして,コンパクトを考える一つの動機は,証明を感覚的・経験的なものからアプリオリにできる素晴らしいラベルとなるからです.

数学は様々な抽象的な概念があり,初見では恩恵が分からないことが多々あります.しかし,当然その概念を考える理由,恩恵があるはずで,それを意識すると学ぶ動機付けが変わり見通しもよくなります.

以上

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