加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学」教養としての数学者の発想

IUT理論とはInter Universal Teichmüller理論=宇宙際(うちゅうさい)タイヒミュラー理論のことで,京都大学望月教授が2012年8月30日に発表し数学会に衝撃を与えている理論です.
加藤文元教授による著書「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」では,IUT理論の雰囲気が分かりやすく紹介がされています.

加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃は,IUT理論の解説書ではなく,一般の方向けに分かりやすく理論を紹介された本です.数学に革命をもたらすと言われるIUT理論が生まれた背景や何が衝撃的だったのかを数式をほとんど使わず,理論の流れや雰囲気が紹介されております.またIUT理論は,「ABC予想」という数学の未解決問題も解けるということで社会的にも話題になりました.

 

IUT理論の核心は何か.それは

たし算とかけ算を分離して、互いに独立のものとして、別々に扱う

加藤 文元. 宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.2272-2273). Kindle 版.

という離れ業をやってのけることです.従来足し算と掛け算は当たり前のようにあって,分離するというのは解釈しづらい表現ですが,それこそが数学会に革命をもたらす可能性を秘めたもののようです.
“もたらす可能性”としているのは,IUT理論が従来の数学概念や言語と大きく異なり,数学者でも未だ理解ができず,受け入れられていないのが現状だからです.

本書は,このような社会的話題性や数学の根底を覆す衝撃の理論を数学を十分知らない方にも,分かりやすく紹介された数学の読み物となっております.

作品について

著者は東京工業大学理学院数学系 加藤文元(かとうふみはる)教授.
本を読むまで知りませんでしたが,望月教授とは同学年で懇意にしている友人とのこと.
加藤教授は,株式会社すうがくぶんか,和から株式会社,アスキードワンゴ主催の数学イベントMATH POWERでIUT理論に関する一般向けプレゼンをされており,私も聴講しました.その時の内容を本にしたとのことです.

IUT理論の提唱者は京都大学数理解析研究所 望月新一(もちづきしんいち)教授.
16歳でプリンストン大学へ進学,19歳で学士課程を卒業(次席),23歳で博士課程を修了しPh.D.を取得,32歳の若さで京都大学教授に就任されている方です.
プリンストン大学での博士論文指導教官は1983年にモーデル予想を肯定的に解決した業績でフィールズ賞を受賞したゲルト・ファルティングス.モーデル予想は代数方程式で定まるある種の曲線の有理数解が有限個しかないという予想です.ローマ帝国時代からある方程式の解の個数に関する問題(ディオファントス方程式)や,フェルマーの最終定理にも関係する有名な予想です.
本書では,望月教授とファルティングスの話もあり,ABC予想とモーデル予想にも深い関係があることが分かります.

本の構成としては全8章で,IUT理論発表のエピソードから始まり,第3章まで数学者の仕事内容や望月教授のことが書かれてあり読み進めやすいです.
第4章からはABC予想やIUT理論のことが書かれてあり,数学の専門知識がないと難しい概念や単語が出てきます.ですが加藤教授の分かりやすい表現により数学に詳しくなくても雰囲気を感じとりながら読み進めることができます.

内容について

本書はIUT理論の解説に加えて,数学者の仕事についても書かれてあり印象に残りました.

趣味で数学を勉強しているとよく数学は役に立つのかと聞かれることがありますが,加藤教授曰く,

これほど価値が多様化し、数学の「使われ方」も多様化してしまった現代にあっては、もはやどんな数学でも、それが「役に立つ」のは当たり前だとしか言いようがないし、それを疑うのはもはや無意味になってきている。

加藤 文元. 宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1117-1119). Kindle 版.

現代では科学が進歩し世の中と密接に関係しており,至る所で数学の恩恵を受けています.その中で純粋数学(数学的な論理だけを追い求める数学)と応用数学(実社会に活用するための数学)という風に二つに分けること自体がもはや無意味になってきているのです.
数学者からこのような解答を得られることは非常に勇気付けられました.純粋に真理に対する探究心で数学をやるというのも一つだと思いますが,やはり大義は欲しいと思っていました.知らず知らずのうちに数学が社会に役立っているのです.
具体的には,楕円曲線による暗号通信,確率微分方程式による金融理論などが挙げられています.昨今のAIではディープラーニングにおいて数学が生かされています.代数的トポロジーもデータ分析の分野で利用されているとのことです.
数学が「役に立つ」のが当たり前というのは,自然科学は数学の言葉で書かれるからというのもありますが,数学の自由度にあると思われます.それは定義から始まり,演繹的思考のみで矛盾なく論理展開できるからです.矛盾さえなければどのような状況でも定義して数学ができます.世の中の複雑な現象も定義さえ決めてしまえば,そこに潜む真理が数学の言葉を通じて現れるのでしょう.

後半はIUT理論の話に入り,難しい概念や単語が出てきます.
背景にある数学理論として,ホッジ-アラケロフ理論,Teichmüller理論,遠アーベル幾何というものがあります.
それらを噛み砕いて,どんな理論なのか雰囲気を説明することはとても骨が折れると著者の加藤先生も書かれています.
それでも雰囲気と論理展開の流れが分かる本です.

流れとしては,まずホッジ-アラケロフ理論から始まります.これがABC予想の解決に向かわせる直接の引き金になった理論とのこと。
ホッジ-アラケロフ理論のある側面を数体上で大域的に行うことができればABC予想が解ける.しかしその障害が”数の構造”そのものであり,現代数学では乗り越えられない障害だったとのこと.望月教授の偉大なところは,現代数学で解けないのならば新しい数学を作ればよいという発想をしました.それがIUT理論につながりました.
Teichmüller理論は図形(具体的にはリーマン面)の構造に関する理論で,正則構造と呼ばれる図形が本来持っている変えられない構造を破壊することができます.望月教授はこれと同じことが数に対しても行えるのではないかと考え,(これを本書では”アナロジー(類似)”と言っている)”数の構造”つまり,足し算と掛け算の構造を破壊することに成功しました.その際,別々の数学が行える”舞台”を用意した.それが宇宙と呼ばれるもので,Teichmüller理論の宇宙版ということで宇宙際という名前がついています.
その異なる舞台である宇宙同士を繋げるために,”群論”を使います.
群論とは対象とする”モノ”ではなく,モノが持つ”対称性”(回転させたりひっくり返したりしても自分自身と重なる)に着目した抽象化された数学です.
宇宙同士ではモノの通信はできないが,対称性であれば通信ができる,そしてその通信した対称性から元のモノを復元できます.
この辺りに使われている理論が遠アーベル幾何です.
これら理論の中身は高尚で分かりませんが,本書では分かりやすい具体例を出しながら,イメージで説明されております.

望月教授のIUT理論の発想では,「無いなら新しい世界を作ってしまおう」,「既知の理論からのアナロジー(類似)を考えよう」,というアイデアがありました.これらは,もはや数学が科学技術だけに留まらず,物事の本質や総合的な考え方にも生かされると考えさせられます.

さいごに

本書のメインはIUT理論の紹介ですが,数学者の仕事や数学を研究することの意義についても書かれてあり,数学に興味を持っている方に参考となるでしょう.また,本書に書いてあるような数学をやる上での発想が,人生の様々な場面での物の見方,考え方に生かせる教養本としても面白いと思います.

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